第981回 2015年6月16日発行
■易者の身の上知らず■

易者は、他人の運勢、未来を占うのを仕事としますが、
自分自身の運勢については、さっぱりわからない
という意味です。
さて、占い師である私から言うと、
占いは、全てでは有りませんが
未来を予測する事は、可能です。
良い運気がやってくるよ
とか、
悪い運気がやってくるよ
というのは、占いによって予測出来ます。
天気予報で、
雨模様の時に、レインコートや傘を用意するように
大難を小難に変える事は
出来ると思います。
では何故、易者は、
自分自身の運勢については、さっぱりわからない
と言われるのでしょうか?
それは、自分自身の心をコントロール出来ないからでしょう。
例えば、
崖から飛び込んだら命が助かると解っていても
崖から飛び込む事は、恐怖に立ち向かわないと
飛び込めません。
予測する事と、
行動する事は別の話ですよね。




第982回 2015年6月18日発行
■親しき仲にも礼儀あり■

どんなに親しい関係でも、礼儀は必要
という意味です。
占いによって、
相性が良い相手、良くない相手は
ありますが、
その間柄でも、礼儀は必要です。
つまり、相手にとって
都合の悪い時に、
不快感を感じる事を
話してしまうと
折角の良い相性が消えてしまい、
距離感が出てしまいます。
相性が良くない相手は、
尚更です。
とはいえ、敬語で話せば、
礼儀を尽くしているというのは、
勘違いのようです。




第983回 2015年6月20日発行
■人の一寸、我が一尺■

人の欠点はわずかでも目に入るが、
自分の欠点は、大きくても見えない
という意味です。
占いでは、その人の性格、
つまり、長所、短所が分かります。
かくいう占い師である私も
占いで長所、短所が分かりますが、
なかなか認めようとしないところがあります。
頑固ですよね(笑)
そこで、ハタと気が付きました。
頑固と言われる所以は、そこ。
それからは、意識して
頑固にならないようにしていますが、
これが難しい。
で、人の一寸、我が一尺
人の悪い所はすぐにわかり悪口を言って
自分のは、棚上げ。
これでは、人として問題です。
意識して、
このことわざ、頭に叩き込みましょうか。

※一寸は、一尺の10分の1。

一寸 約3センチ
一尺 約30センチ




第984回 2015年6月22日発行
■果報は寝て待て■

幸運は、焦らずに気長に待てという意味です。
幸運は、人の力だけでは、得る事が出来ない
と言う事からきています。
ただ、占い師の私から言えば、
気長に待つ間に、
知識、教養、良き友人
をしっかり蓄えておいて、
その時期を活用していただくと、
飛躍できます。
その時期は、
占い師秋吉沙起にお任せください (^O^)/




第985回 2015年6月25日発行
■焼き餅焼くとて手を焼くな■

嫉妬しすぎると嫌われるという意味です。
焼き餅とは、嫉妬の事。
手を焼くとは、手に余るにかけているようです。
占いをさせていただくと、
嫉妬しすぎて、上手くいく恋を
壊されている方がいます。
例えば、嫉妬をして、
相手の携帯電話を勝手に見てしまい
見て見ぬ振りが出来る方は
まだその行為は、
許されるのかもしれませんが、
携帯電話の内容で相手を責めてしまっては、
いかに相手と現在上手くいっていても、
相手の信用を失う事になり、
いずれはその恋そのものを
失ってしまう可能性があります。
嫉妬をするのも、
加減があるようです。





第986回 2015年6月27日発行
■藪をつついて蛇を出す■

余計な事をして、災難を招くと言う意味です。
占い師の私から言えば、
世の中の災難は、案外そういうところから
来ているような気がします。
とはいえ、それから
良い縁も悪い縁も出来るようですから、
私自身は、
それを楽しむ心の余裕が欲しいですね(笑)




第987回 2015年7月2日発行
■塵も積もれば山となる■

一つ一つは小さくても、
積み重なれば、巨大なものになるという意味です。
塵一つは、運にそう影響はないかもしれませんが、
山となると、運に見放されることになりかねません。
塵一つ、二つのうちに、
運に見放されていないか、
確認してみましょう。
梅雨時期は、
私も特に水周りを再確認して、
お掃除しています。
気持ちもすっきりしますね(笑)




第988回 2015年7月4日発行
■釣った魚に餌はやらぬ■

付き合いが深くなったり、
結婚をしたら、
相手の機嫌を取る事はしないという意味です。
四柱推命では、
こういう星をもっている人が分かります。
こういう星を持っている人ほど、
もてたりします。
ただ、それをお伝えしても、
聞かないようにする方もいるので
迷うところです。




第989回 2015年7月7日発行
■立てば芍薬座れば牡丹■

隙が無いほど美しいという意味です。
顔が美しいと言うだけでなく、
どちらかというと、立ち居振る舞いが美しい
という意味になると思いますが、
私が息をのむほど
立てば芍薬、座れば牡丹という感じを受けた人は、
玉三郎さんです。
たぶん、大阪の松竹座で
観覧させて頂いた時だと思います。
もう一度、あの妖しの世界を
見たいですね




第990回 2015年7月10日発行
■人の振り見て我が振り直せ■

他人の行いを見て、
自分の行いを正せという意味です。
その行動が良い場合でも、
悪い場合でも使われます。
私の場合、まさにこの通り。
特に最近は、他人では有りませんが、
母の行動を見て修正を試みます(笑)